下を流れるのは万水川、その上を流れているのが、矢原堰です。
かつてこの場所には、めがね橋と呼ばれていた、通水橋がありました。
1999年の豪雨で流されてしまいました。
その橋を忘れないようにと建てられたのが、こちらの記念碑です。
めがね橋の御影石を再利用して作られています。
水をイメージした感じで色分けがされてます。
右側には、記念碑について書かれています。
旧めがね橋記念碑
ここに「めがね橋」という通水橋がありました。
下を流れる除沢(現万水川)の下流から上流を見たとき、
二つのアーチ橋が川に丸く映り、めがねに見えることから、
めがね橋と名付けられ愛されておりました。
矢原堰は、三百五十五年前の江戸時代初期の承応二年(1653)
三月二十一日に開通した安曇平で一番先に出来た水路です。
当時は木製の掛渡井でしたが、大正十年五月、御影石を組み合わせた
洋風の見事な通水橋[写真]となりました。
八十年余り親しまれた橋も、平成十一年六月三十日の豪雨災害で万水川が
異状に増水し流失してしまいました。
貴重な文化財を失い残念でなりません。
流された石を拾い集め、証拠品として「矢原堰通水橋」削刻のうち
「矢」「原」「水」と、使われていた石材を用いて、ここに記念碑を建立しました。
平成二十一年三月吉日
安曇野市矢原堰土地改良区
理事長 小穴 桓司
左側の写真です。
このめがね橋が、まだ存在していた頃から安曇野で生活をしていましたが、
橋を見れなかったことに非常に残念に思っています。
見たかったな。
記念碑の建設に携わった、横山建設株式会社さんのブログに、
製作の過程と、めがね橋の写真がアップされています。
Blog:信州安曇野リフォーム奮闘記
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旧めがね橋記念碑
